自由の女神像 Statue of Liberty
ニューヨーク港に船で近づくと、最初に目に飛び込んでくるのは、王冠をいただき松明を高く掲げた青緑色の巨像——自由の女神像(Liberty Enlightening the World)です。フランス国民がアメリカへ贈ったこの像は、フランス人彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディが設計し、エッフェル塔を手がけた建築家ギュスターヴ・エッフェルが金属骨格を担当、1886年10月28日に除幕されました。右手に松明、左手には「JULY IV MDCCLXXVI」(1776年7月4日・アメリカ独立宣言の日)と刻まれた石版を抱え、左足では断ち切られた鎖と足枷を踏みしめています——南北戦争後の奴隷制廃止を記念したものです。灯台として、そして移民を迎え入れる象徴として、今では自由とアメリカそのものを体現する像となりました。内部と台座に足を踏み入れれば、一枚一枚の銅板の裏に、二国をまたぐ物語が刻まれています。
アメリカ合衆国 · 4 中に隠れた小さな見どころ
中に隠れた小さな見どころ
自由の女神像 大規模修復工事
1984年1月23日、自由の女神像は閉鎖され、百年で最大規模の修復工事が始まりました。建築家リチャード・セス・ヘイデンとスワンケ・ヘイデン・コネル建築事務所が主導したこの工事は30か月にわたり、1886年の除幕から100周年を迎える前に像を刷新することを目指しました。外観の修繕にとどまらず、像の内部に張り巡らされた約1,800本の鉄製支持棒を一本ずつ取り外し、316Lステンレス鋼に交換。銅と鋼の接触を防ぐためPTFE(テフロン)テープも施されました。松明は1984年7月4日に取り外され、フランス・ランスの職人が14か月かけて新たに制作。1986年7月に再公開され、オリジナルの松明は2019年に開館した自由の女神博物館に永久展示されています。
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自由の女神像(銅像本体)
ここに立つと、1886年10月28日に除幕された銅製の像——「レディ・リバティ」の愛称で親しまれる自由の女神像の本体が目の前にそびえます。厚さわずか2.4ミリの銅板が、百年以上の海風と酸化に耐え、あの象徴的な青緑色のパティナを生み出しました。像そのものの高さは約46メートル、台座を含めると全高93メートルになります。現在、観光客は台座の外周部と王冠の展望台まで入ることができます。松明への通路は1916年以降、恒久的に閉鎖されており、今日まで一般公開されていません。
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仏米連合(フランコ・アメリカン・ユニオン)
この巨像の建設費用は、実はどちらの国の政府も出していません。1875年9月、フランスの歴史家エドゥアール・ド・ラブレーは、アメリカ独立百周年とフィラデルフィア万博が迫る中、公募で資金を集めることを決意し、計画を発表して「仏米連合(Franco-American Union)」を設立しました。この発表の場で初めて、像に「自由、世界を照らす」という名前がつけられました。取り決めは明快です——フランス国民が像を制作する費用を、アメリカ側が台座の費用を、それぞれ市民からの寄付でまかなうというものでした。
出典: en.wikipedia.org
新しい巨像(The New Colossus)
自由の女神博物館には、ソネット「新しい巨像(The New Colossus)」の銘板があります。「疲れた人々を、貧しい人々を、自由の空気を求める群衆を私のもとへ」という一節は、自由の女神像とともにアメリカ文化に深く刻み込まれています。詩を書いたエマ・ラザラスは最初、依頼を断りました——像について詩を書く自信がないというのが理由でした。しかし当時、東欧の反ユダヤ迫害から逃れてニューヨークへ押し寄せる難民の支援に携わっていた彼女は、やがて切り口を見つけます。難民たちへの共感を、この女神像に重ねることで詩は生まれました。
出典: en.wikipedia.org
よくある質問
自由の女神像の中で見逃せない小さな見どころは?
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