オスティア・アンティカ Ostia Antica
テヴェレ川の河口から4キロ、のどかな原野に広がるのは、ほぼ完全な姿で残された古代ローマの都市遺跡です。伝説によれば、ローマ王アンクス・マルキウスが建設し、ラテン語で「河口」を意味する「ostium」にちなんで名付けられました。首都ローマへの穀物輸送を担う外港として繁栄し、帝政期には約5万人が暮らしていました。クラウディウス帝とトラヤヌス帝が北方に人工港を築くと急速に衰退・廃棄されましたが、そのおかげで街路・倉庫・店舗がほぼそのままの姿で残されました。19世紀に教皇の指揮のもと発掘が始まり、現在もおよそ3分の2が地下に眠っています。神殿の廃墟ではなく、2,000年前の港湾都市の日常そのものが体験できる場所です。
イタリア · 57 中に隠れた小さな見どころ
中に隠れた小さな見どころ
トラヤヌス会堂
主街(デクマヌス)の南側、幅12メートルを超える入口をくぐると、まず4本の大理石柱と半円形の壁龕が迎えます。奥の壁には大きな半円形の凹みが2つあり、もとは噴水が設けられていました。ここは神殿ではなく、「ファブリ・ナウァレス」——造船職人の組合の集会所です。「トラヤヌス」という名は実はある誤解に由来します。地下室からトラヤヌス帝の巨大な像が発掘されたことで、この名が定着しました。
ローマとアウグストゥス神殿
細長いフォルム(広場)の南端に立つと、今は基壇しか残っていない建物が目に入ります。ティベリウス帝の治世に建てられた、ローマの女神とアウグストゥスを祀る神殿です。広場の反対端に立つカピトリウム神殿と向かい合い、帝国の権威を都市の中心に刻み込んでいます。
ヘルクレス神殿
カピトリウム神殿に次ぐオスティア第二の規模を誇るのが、このヘルクレスを祀る聖域(I,XV,5)です。共和政末期、紀元前2世紀末から1世紀初頭に建てられ、旧カストルム(城砦)西側の「共和聖域」に位置します。正面のポルティコは真東を向き、凝灰岩積みの高台へは8段の大理石階段で上ります。前列4列・横列6列の柱廊を持ち、神殿室(チェラ)のモザイク床は3世紀に敷かれました。3〜4世紀には修繕が行われ、3世紀末にはポルティコ中央に大理石の祭壇が加えられています。
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円形神殿
フォルム(広場)に沿う主街を歩いていると、ひときわ目を引く円蓋の輪郭が現れます——「円形神殿」(I,XI,1)です。紀元225年頃に建てられ、旧カストルム中心部の主街北側に位置するこの建物は、皇帝崇拝の場として機能したと考えられています。高台の上に立つ神殿の正面には10本の列柱が並び、その奥に円形の神殿室があります。厚い煉瓦壁が円蓋を支え、壁面には皇帝の壁龕が並び、入口脇にはトラウェルティーノ(石灰華)柱を巡らせた螺旋階段が頂部へと続いています。現存状態は良好とはいえませんが、その位置と規模から、オスティアで最も重要な建築のひとつです。
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主街(デクマヌス・マッシモ)
東側のローマ門からオスティア・アンティカに入ると、足元に続く石畳の大路が「デクマヌス・マッシモ」——主街です。古代ローマの都市格子における東西の主軸にあたり、ローマへ通じるオスティア街道から始まり、西の海門(ポルタ・マリーナ)まで延びています。沿道には店舗、職人組合の会堂、公共建築が軒を連ね、港湾都市の住民が毎日行き来した回廊であり、今日の訪問者が遺跡全体を縦断する主要ルートでもあります。
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船大工の神殿(Tempio dei Fabri Navales)
この神殿(III,II,1-2)は、オスティアの「船大工」(fabri navales)組合の聖所です。 🔒 ガイド全文を解錠
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絵画の家
現代の命名で「絵画の家」(Casa dei Dipinti)と呼ばれるこの住宅は、オスティアの貴族的なアパート生活を典型的に示す建物です。 🔒 ガイド全文を解錠
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フォルトゥーナの家
「フォルトゥーナの家」(V,II,8)は、オスティアで最もよく保存された貴族邸宅のひとつです。 🔒 ガイド全文を解錠
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ムーサの家
「ムーサの家」(III,IX,22)は2世紀初頭に建てられたローマの富裕層の邸宅で、第三地区(Regio III)に位置しています。 🔒 ガイド全文を解錠
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オスティア街道の墓地
紀元前2世紀から、道路の南側には墓が次々と築かれ始めました——ローマの慣習では、墓は城壁の外、道路の両脇にのみ建てることができたからです。 🔒 ガイド全文を解錠
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広場浴場
広場浴場(I,XII,6)はフォルムの南東に位置し、オスティア最大の公共浴場です。 🔒 ガイド全文を解錠
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マグナ・マーテル聖域(Campo della Magna Mater)
市街南部、ラウレンティーナ門(Porta Laurentina)の西に、街路面よりわずかに低い三角形の広場があります。 🔒 ガイド全文を解錠
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孔雀の居酒屋(Caupona del Pavone)
第四地区第二街区(IV,II,6)に位置するこの建物は、壁龕に描かれた孔雀の絵から名付けられました——孔雀はディオニュソス崇拝と結びついており、この場所では魔除けの意味も持っていた… 🔒 ガイド全文を解錠
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海門(Porta Marina)
オスティアのメインストリートの最西端に位置するのが海門(ポルタ・マリーナ)です。 🔒 ガイド全文を解錠
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ローマ門(Porta Romana)
ローマ門(ポルタ・ロマーナ)はオスティアの主要な入口で、メインストリート(デクマヌス・マッシムス)の東端に位置し、ローマの方向を向いています。 🔒 ガイド全文を解錠
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水泳者の浴場
水泳者の浴場(V,X,3)は、ドミティアヌス帝治世末期(89〜90年)に煉瓦積みと網目積み(opus reticulatum および latericium)で建てられ、ハドリアヌス… 🔒 ガイド全文を解錠
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馭者のアパート(Caseggiato degli Aurighi)
西暦140年頃に建てられたこのアパート(III,X,1)は、南側の「七賢者の浴場」(Terme dei Sette Sapienti)と隣棟の「セラピスのアパート」(Caseggi… 🔒 ガイド全文を解錠
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海洋浴場(Terme Marittime)
第三地区第八街区(III,VIII,2)に位置するこの浴場は、初期の発掘者が「海洋浴場」という名前を誤った場所に割り当てたことで混乱が生じましたが、今日の学界でもこの呼称が引き続き… 🔒 ガイド全文を解錠
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海門広場(Foro di Porta Marina)
海門(ポルタ・マリーナ)が撤去された後、城門外にあった小規模な墓地はしだいに住宅や浴場に置き換えられ、城門のあった場所のそばに小広場が形成されました——これが「海門広場」(IV,V… 🔒 ガイド全文を解錠
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ラウレンティーナ門(Porta Laurentina)
ラウレンティーナ門(ポルタ・ラウレンティーナ)はオスティアの三つの城門の中で最もよく保存されており、主要な南北幹線道路(カルディネ・マッシムス)の南端に位置し、ラウレントゥムの方向… 🔒 ガイド全文を解錠
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車夫の浴場
車夫の浴場(II,II,3)の名称は、大冷水浴室(フリギダリウム)の北側に描かれた黒白モザイクに由来します。 🔒 ガイド全文を解錠
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市民バシリカ(Basilica civile)
「バシリカ」はローマ都市における多目的の有蓋大広間で、裁判所、商業交渉、布告の場として使われていました。 🔒 ガイド全文を解錠
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七つの門のミトラ神殿
七つの門のミトラ神殿(IV,V,13)は、オスティアに現存するミトラ教の聖所の中で、最も完全な図像の物語を持つ一つです。 🔒 ガイド全文を解錠
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彩色壁の邸宅とミトラ神殿
「彩色壁のミトラ神殿」(III,I,6)は、ミトラ教の儀式を描いた珍しい彩色壁画が保存されていることで知られています。 🔒 ガイド全文を解錠
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トリナクリア浴場(Terme della Trinacria)
「トリナクリア浴場」(III,XVI,7)はオスティアの第三地区に位置し、120年頃に建てられた市内の中規模浴場のひとつです。 🔒 ガイド全文を解錠
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フルクトスス組合神殿とミトラ礼拝堂
この建築群(I,X,4)は、円形神殿街道(Via del Tempio Rotondo)と墓地街道(Via del Pomerio)の交差点に建ち、アレクサンデル・セウェルス帝の治… 🔒 ガイド全文を解錠
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ファガンのミトラ神殿(Mithraeum Fagan)
オスティアで近代的な学術的視点から最初に記録されたミトラ礼拝堂は、アイルランド系画家ロバート・ファガン(Robert Fagan)が1794〜1802年に発掘したこの場所です。 🔒 ガイド全文を解錠
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七つの球のミトラ礼拝堂(Mitreo delle Sette Sfere)
この地下ミトラ礼拝堂(II,VIII,6)は1886年にロドルフォ・ランチャーニ(Rodolfo Lanciani)によって発掘されました。 🔒 ガイド全文を解錠
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共和時代の倉庫(Magazzini Repubblicani)
この倉庫群(Magazzini Repubblicani)は紀元前1世紀末に建てられた、オスティアで現在知られている最古の倉庫建築で、北側の河港に対応して建設されたと考えられます。 🔒 ガイド全文を解錠
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哲学者の浴場
「哲学者の浴場」(V,II,6-7)は、館内から出土したギリシアの哲学者プラトン(あるいはプロティノスという説もある)の胸像2体にちなんで名付けられており、現在はオスティア考古学博… 🔒 ガイド全文を解錠
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善女神の聖所(Santuario della Bona Dea)
「善女神」(ボナ・デア)はローマの農業の豊饒と健康の守護神で、その聖所は神秘崇拝の場所——壁で囲まれ、外部者は立入禁止でした。 🔒 ガイド全文を解錠
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ホルテンシウスの倉庫(Horrea di Hortensius)
この倉庫(V,XII,1)は、ミセヌム艦隊(Misenum)の船長ルキウス・ホルテンシウス・ヘラクリダ(Lucius Hortensius Heraclida)にちなんで命名されま… 🔒 ガイド全文を解錠
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サバジオス神殿(Shrine of Sabazius)
この小さな聖所(V,XII,3)は、トラキア・フリギア系の神サバジオス(Sabazius)を祀っています。 🔒 ガイド全文を解錠
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バックスとアリアドネの家
「バックスとアリアドネの家」(III,XVII,5)は、広間の床に残る保存状態の良いモザイクにちなんで名付けられました。 🔒 ガイド全文を解錠
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帝王宮(Palazzo Imperiale)
「帝王宮」という通称は、今日では研究者によって使われなくなっています——現在は皇室との関係はないと広く考えられているからです。 🔒 ガイド全文を解錠
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ディアナの家
「ディアナの家」(I,III,3-4)はオスティアで最もよく保存されたアパート建築(インスラ)のひとつで、第一地区に位置しています。 🔒 ガイド全文を解錠
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落雷の家
「落雷の家」(III,VII,3-4)の名称は、中庭の南西角にある小さな石板に由来します。 🔒 ガイド全文を解錠
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犬のモンヌスのアパート(Caseggiato del Cane Monnus)
このアパート(II,I,1)は「共和時代倉庫街道」(Via dei Magazzini Repubblicani)の東側に位置し、3世紀初頭の黒白モザイクで知られています。 🔒 ガイド全文を解錠
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ショーウィンドウ付き商店のアパート(Caseggiato delle Taberne Finestrate)
このアパート(IV,V,18)は120〜140年に建てられ、主街路西部に位置しています。 🔒 ガイド全文を解錠
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穀物計量者の家(Caseggiato dei Misuratori del Grano)
穀物計量者の組合(mensores frumentarii)はオスティアに神殿と会堂の両方を持ち、港の穀物の荷降ろし、計量、積み込みを担い、「受領者」(acceptores)、「助… 🔒 ガイド全文を解錠
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ヘルクレスの列廊とアパート(Porticus e Caseggiato dell'Ercole)
この建築群(IV,II,2-4)は、玄武岩板張りの広場を核心として、外側列廊、アパート建築(ヘルクレスのアパート)、南側の大広間の3棟が周囲を取り囲む構成になっています。 🔒 ガイド全文を解錠
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アウグスターレスの会堂(Sede degli Augustali)
「アウグスターレス」は解放奴隷(リベルティーニ)で構成された皇帝崇拝の組合で、西暦14年に設立され、ローマ各州での皇室崇拝の普及を使命としていました。 🔒 ガイド全文を解錠
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ネットゥーノ浴場(Terme di Nettuno)
ネットゥーノ浴場(II,IV,2)はオスティア最大規模の浴場のひとつで、最も精緻なモザイクを誇ります。 🔒 ガイド全文を解錠
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組合広場(Piazzale delle Corporazioni)
組合広場(II,VII,4)はオスティアで最も視覚的に印象的な空間のひとつです:劇場の裏手に広がる広い列柱廊の三方に、数十枚の黒白モザイクが嵌め込まれており、どの業種の商人がここに… 🔒 ガイド全文を解錠
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フォルトゥナトゥスの食堂(Thermopolium)
オスティアのこの小料理店兼テイクアウト店(Reg. I, Is. II, 5)は、床のモザイクに刻まれた文字で知られています:「[…]FORTVNATVS […]ATERA QVO… 🔒 ガイド全文を解錠
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オスティエンセ街道のネクロポリス(Necropoli della Via Ostiense)
このネクロポリス(墓地)はローマ市街のサン・パオロ大聖堂のそば(緯度41.860°N)に位置し、見どころ9番のオスティア街道墓地(緯度41.757°N)とは別の場所です。 🔒 ガイド全文を解錠
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ミトラ浴場のミトラ神殿
ミトラ浴場のミトラ神殿(I,XVII,2)は浴場建築の北西隅に隠れており、浴場の外側の一段の階段を降りることで初めて入ることができます。 🔒 ガイド全文を解錠
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勝利の広場(Piazzale della Vittoria)
オスティア考古公園の入口から入ると、左手にある最初の広場が「勝利の広場」(ピアッザーレ・デッラ・ヴィットーリア)です。 🔒 ガイド全文を解錠
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ネットゥーノ浴場のモザイク(Mosaici delle Terme di Nettuno)
この見どころは、ネットゥーノ浴場(Terme di Nettuno)のモザイクの主な観賞ポイントを示しています——建物の2階テラスから眼下の黒白嵌め込み床を俯瞰します。 🔒 ガイド全文を解錠
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フォルトゥナートの居酒屋(Caupona di Fortunato)
たった6メートル×4.6メートルのこの小さな店(II,VI,1)には、オスティアで最もストレートな広告文が刻まれています。 🔒 ガイド全文を解錠
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七賢者の浴場
「七賢者の浴場」(III,X,2)はハドリアヌス帝時代の2世紀前半に建てられ、オスティアの第三地区(最西部)の公共浴場で、「馭者のアパート」(III,X,1)と「セラピスの家」(I… 🔒 ガイド全文を解錠
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アプレイウスの邸宅
「アプレイウスの邸宅」(II,VIII,5)はオスティア第二地区の富裕な邸宅で、鉛製の水道管に「ルキウス・アプレイウス・マルチェッルス」と刻まれた銘文から名付けられました——『黄金… 🔒 ガイド全文を解錠
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海門浴場
「海門浴場」(IV,X,1-2)は2世紀初頭に建てられ、城壁の外、海門の南東に位置し、当時の海岸線に沿って延びていました。 🔒 ガイド全文を解錠
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六柱浴場(Terme delle Sei Colonne)
「六柱浴場」(IV,V,10-11)はトラヤヌス会堂(Schola del Traiano)の東側に隣接し、メインストリートの南側に位置しています。 🔒 ガイド全文を解錠
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ミトラ浴場(Terme del Mitra)
この私設浴場(I,XVII,2)はハドリアヌス帝の時代(約125年)に煉瓦積みで建てられ、セウェルス朝初期(約200年)と4世紀初頭にそれぞれ改修されています。 🔒 ガイド全文を解錠
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縮絨工房(Fullonica II,XI,1)
この建物(II,XI,1)は「フッローニカ」——ローマの縮絨洗濯工房です。 🔒 ガイド全文を解錠
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小市場(Piccolo Mercato)
「小市場」(ピッコロ・メルカート、I,VIII,1)という名称にもかかわらず、この建物は実際にはかなり大規模です。 🔒 ガイド全文を解錠
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よくある質問
オスティア・アンティカの中で見逃せない小さな見どころは?
トラヤヌス会堂, ローマとアウグストゥス神殿, ヘルクレス神殿 など全 57 か所。すべて出典つき・多言語ガイドで、現地で読んで聴けます。
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