パラティーノの丘 Palatine Hill
パラティーノの丘はローマ七丘のひとつで、ウェラブルム低地とフォロ・ロマーノ(ローマ広場)に挟まれ、最高点は約51メートル。眼下にフォロ・ロマーノとコロッセオを見渡す高台です。ローマ人はここをローマ建国の地と信じていました。双子のロムルスとレムスが牝狼に育てられ、成長後にこの丘に都を定めたという伝説があり、「方形のローマ」はこの丘頂に始まります。共和政期には有力者たちの高級住宅地でしたが、その運命を大きく変えたのはアウグストゥスです。彼はこの丘に生まれ、ここを生涯の居とすることを選びました。以来、歴代皇帝がこの山に次々と宮殿を築き、ティベリウス、ネロ、フラウィウス朝、セウェルス朝と重なり合い、やがて丘全体がひとつながりの宮殿と庭園へと変貌しました。ラテン語の「Palatium」が欧州各語の「palace(宮殿)」の語源となったのも、そのためです。廃墟の奥に分け入れば、崩れた石壁の向こうに神話と権力、そして幾重にも積み重なったローマの時間が広がっています。
イタリア · 17 中に隠れた小さな見どころ
中に隠れた小さな見どころ
スカラエ・アヌラリアエ(指輪職人の階段)
スカラエ・アヌラリアエは、パラティーノの丘の斜面にかつてあったとされる古代の石段で、今日ではその姿を見ることができません。名前の由来は、階段の下に並んでいた指輪職人(anularii、ラテン語で指輪を作る職人)の露店です。この階段を記録したのは、ローマ史上ただひとり——歴史家スエトニウスの『アウグストゥス伝』第72節。アウグストゥスがパラティーノに移る前、弁論家リキニウス・カルウスが所有していた旧宅に一時期住んでいたと記されており、その居所は「スカラエ・アヌラリアエの上(supra scalas anularias)」にあったとされます。階段の位置はフォロ・ロマーノ側から丘を登る途中、まだ山頂の「パラティーノ」区画には至っていない中腹と推定されており、この屋敷がいわゆる「宮殿区」の住まいではなかったことを裏付けています。
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パラティーノ博物館
2フロア・各4室の小ぢんまりとした博物館ですが、その足もとには長い歴史が積み重なっています。建物は1868年に訪問修道女会のために建てられた施設を転用したもので、地下にはドムス・フラウィアとドムス・アウグスタナを結ぶ古代宮殿の遺構が眠っています。展示品はすべてパラティーノの丘から出土したもの——石器、壁画の断片、歴代の発掘遺物が年代順に並べられています。1階では起源から共和政期まで、2階では帝政期の作品を展示しており、丘全体の時間軸を2フロアに凝縮したような空間です。コレクションはかつて二度にわたって他の施設へ移送され、その都度返還を勝ち取ってきた、波乱の歴史も持っています。
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ケルマルス(パラティーノ第二の峰)
パラティーノの丘は実は一枚岩の山ではなく、谷によって二つの高地に分かれています。中央の高い峰がパラティウム、そしてフォロ・ボアリオ(牛市場)とテヴェレ川に向かってなだらかに下がるもう一方が、ケルマルス(Germalus、またはCermalus)です。今日ではほとんど語られないこの名称ですが、ローマ最古の山岳祭「セプティモンティウム(七山節)」において神聖な七山として数えられていたのは、後世に一般化した「パラティーノ全体」ではなく、このパラティウムとケルマルスという二つの峰でした。この緩やかな斜面に立てば、あなたはローマ建国神話の核心の舞台のひとつを踏みしめていることになります。
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リウィアの家
「リウィアの家」とは、パラティーノの丘西端に現存する共和政期の邸宅のひとつで、1869年から発掘が始まりました。名称の由来は初期の考古学的解釈にあります。ナポレオン3世の命でピエトロ・ロッサが発掘を指揮した際、現場で「Iulia Aug(usta)」と刻まれた鉛製水道管が見つかり、アウグストゥスの妻リウィアの居所と断定されました。しかし現代の研究では、建物の最古の部分は紀元前75〜50年頃の建造とされており、リウィアがアウグストゥスと結婚するより以前のものと判明しています。現在の主流的見解は、この建物はリウィアが夫の大邸宅内で独立して使用した住居区画であり、前夫との旧宅ではないとするものです。建物全体は複数の初期住宅を統合した複合体で、近くの大母神殿(マグナ・マーテル神殿)の台地よりやや低い位置にあり、床面も微妙に傾いています。
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アウグストゥスの家
アウグストゥスの私邸はパラティーノの丘の南西角に位置し、ラテン語でドムス・アウグスティ(Domus Augusti)と呼ばれます。フラウィウス朝が後に建てたドムス・アウグスタナ(Domus Augustana)とは別の建物ですので、混同しないようにご注意ください。アウグストゥスはこの丘の「牛頭(ad Capita Bubula)」と呼ばれた場所で生まれました。彼の政治的生涯のほぼすべてをパラティーノとともに歩んだといっても過言ではありません。最初はフォロ(広場)近くの金工街にあった弁論家ゆかりの旧宅に住み、後に丘の上へ移ります。移転先はやはり華美を排した邸宅——前任者(執政官でもあった弁論家クィントゥス・ホルテンシウスの旧居)の廊下にはアルバーノ山の石材が使われ、室内には大理石も象嵌床もありませんでした。記録によれば、彼は同じ寝室に40年以上住み続けたとされています。ローマの冬が彼の健康に優しくなかったとしてもなお。
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アウグラトリウム(鳥占いの台)
アウグラトリウムは、パラティーノの丘に残る古代ローマの鳥占い(augury)にゆかりの深い場所です。 🔒 ガイド全文を解錠
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エラガバリウム(太陽神殿)
エラガバリウム(Elagabalium)は、パラティーノの丘の北東斜面に建てられた神殿で、皇帝エラガバルス(在位218〜222年)が自ら崇拝した神を祀るために築きました。 🔒 ガイド全文を解錠
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ドムス・アウグスターナ(皇帝私邸)
ドムス・アウグスターナ(Domus Augustana)は、ドミティアヌス帝の宮殿複合体の「私的」部分で、全体の東半分を占めています。 🔒 ガイド全文を解錠
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ロムルスの小屋(カーサ・ロムリ)
「ロムルスの小屋(Casa Romuli、または tugurium Romuli)」は、パラティーノの丘の南西端に位置する遺跡で、ローマ建国神話の主人公ロムルスの住居とされてきまし… 🔒 ガイド全文を解錠
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ドムス・ティベリアーナ(ティベリウス宮)
ドムス・ティベリアーナ(Domus Tiberiana)は、パラティーノの丘の西側に建てられた帝国宮殿で、フォルム・ロマヌムと大競技場の間の一帯にティベリウス帝(在位14〜37年)… 🔒 ガイド全文を解錠
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グリフィの家(カーサ・デイ・グリーフィ)
グリフィの家(Casa dei Grifi)は、ローマ共和政時代の住居遺構として現存最良の状態を保つ建物で、ドミティアヌス帝の宮殿北翼——ドムス・フラウィア(Domus Flavi… 🔒 ガイド全文を解錠
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セウェルス浴場(テルメ・セウェリアーネ)
セプティミウス・セウェルス帝(在位193〜211年)は、パラティーノの丘の南東角にこの宮廷浴場を建設しました。 🔒 ガイド全文を解錠
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サリイ祭司団の会議場(クリア・サリオルム)
クリア・サリオルム(Curia Saliorum)は、パラティーノの丘に置かれたサリイ・パラティーニ(Salii Palatini)の本拠地です。 🔒 ガイド全文を解錠
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パラティーナ広場(アレア・パラティーナ)
アレア・パラティーナ(Area Palatina)は、パラティーノの宮殿群の正面に広がる開放的な広場で、毎朝、帝国で最も重要な政治儀礼のひとつが繰り広げられていました——「サルタテ… 🔒 ガイド全文を解錠
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ジャコモ・ボーニの墓
パラティーノの丘のファルネーゼ庭園(Orti Farnesiani)の一角、バラ園の中央に、イタリアの考古学者ジャコモ・ボーニ(Giacomo Boni、1859〜1925年)が眠… 🔒 ガイド全文を解錠
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マクセンティウス浴場(テルメ・ディ・マッセンツィオ)
マクセンティウス浴場は、パラティーノ宮殿群の最後期の大型建設事業のひとつで、皇帝マクセンティウス(在位306〜312年)がドムス・アウグスターナ(Domus Augustana)南… 🔒 ガイド全文を解錠
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ウィリプラカ女神の小祠(サケッルム・デア・ウィリプラカ)
この小祠が祀るのはウィリプラカ女神(Dea Viriplaca)——その名を分解すると「夫をなだめる者」を意味する、古代ローマの夫婦和解の女神です。 🔒 ガイド全文を解錠
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よくある質問
パラティーノの丘の中で見逃せない小さな見どころは?
スカラエ・アヌラリアエ(指輪職人の階段), パラティーノ博物館, ケルマルス(パラティーノ第二の峰) など全 17 か所。すべて出典つき・多言語ガイドで、現地で読んで聴けます。
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